結成!JAL解雇撤回闘争に連帯する兵庫の会」

              
                              必要なかった整理解雇は撤回するべき
 日航は、昨年末に、パイロット81人、客室乗務員84人の整理解雇を強行しました。現在、148人が解雇撤回を求めて東京地裁で係争中です。この兵庫においても、不当解雇に対していくつもの闘いが展開されており、このたび、JAL解雇撤回闘争に連帯し、ともに頑張ろうと、兵庫の会を結成しました。
                 安全性より経営重視の日航
 「
JAL解雇撤回闘争原告団」の方から闘争報告がありました。12月19日にはパイロット、22日には客室乗務員の結審、来年3月に判決が出るとのことです。
 裁判の中で、2月8日の記者会見の場での稲盛会長の「(解雇した165人を会社に)残すことが経営上不可能かというと、そうではないのは皆さんもお分かりになると思うし、私もそう思いました」という発言が採り上げられました。9月30日の証人尋問で「2月8日の発言は、計画を大きく上回る利益をあげていた会社の業績を踏まえて、解雇回避は経営上不可能ではないと言ったのですか」という尋問に対して、稲盛会長は「そうです。利益が出ていたのでそう言いました。・・・・・その時の収益力から、誰が見ても雇用を続けることは不可能でないと思ったのでしょう」とも。
  このことからも経営上の必要性はなかったばかりか、労働組合が提案した「一時帰休やワークシェアリング実施」についてまともに検討さえせず、解雇回避努力をしなかったことがわかります。また、人選の基準は、過去の病気欠勤歴と年齢基準(機長55歳、副操縦士48歳、客室乗務員53歳以上)を用いました。これも合理性に欠けるものです。これらのことからも、整理解雇4要件を満たさない不当な解雇だと言えます。
 原告団の代表の方は、稲盛会長は、終始「知らない、分からない、聞いていない」を通し、その中には、”安全”と言う言葉は一切なかったと言っておられました。今の職場(残された職員)は、「心が荒廃していき、物が言えなくなってきている、このことは、”安全”(問題)に直結する、安心して働けてこそ安全運行ができる」「ベテラン職員が解雇され、内部が回らなくなりトラブルが増えてきている」「安全性よりも経営が重視され、そのような教育が(DVDなどで)されている」「グッズ販売などでのノルマ化で競争させられ、安全業務に集中できなくなっている」「体調が悪く休みたくても、解雇対象になるのではと躊躇する」などの今の職場の実態の報告もありました。
                  神戸空港でも、同様のことが・・・・
 昨年、日航が撤退した後、神戸空港では、その穴埋めを格安航空会社のはしりとも言えるスカイマークが行なってきました。神戸空港は、スカイマークに頼らざるを得ない現状とは言え、経営の効率化やコスト削減によって、安全対策や環境対策が疎かになっているのではないかと危惧する声も出ています。会社や企業が経営に走れば必ず安全対策・環境対策が疎かになること、これは1965年〜85年に20件余りの日航の「連続事故」で745人の尊い命が奪われたことからも明らかです。
             【問合せ先】事務局:ひょうごユニオン(電話078−382−2116)


 
22:42
労働相談ー決して諦めずに、先ずは電話を!
 
「全国一斉 解雇・トラブルホットライン」
        11月5日(土)・6日(日)
        10:00〜19:00
        電話 232−1838
共催:神戸地区労働組合協議会
    神戸ワーカーズユニオン

 最近、不況などを理由に、突然解雇されたという相談が増えています。いじめやパワハラ、賃金未払いなどの相談も少なくありません。労働者にとって、解雇や退職は死活問題です。皆さん!そのような場に遭遇しても、決して諦めないでください。必ず解決の道があります。まずは電話で相談を!
11:38
社会の矛盾が凝縮されている大震災ー人間の復興を!
  毎年開催されています「働く女性の交流集会」に参加しました。公務員職場・民間職場、正規社員・非正規労働者、職場も職種も雇用形態も様々な女性が一堂に会しました。「あの人はパートだから・・・」「あの人は正規だから・・・」で対立するのではなく、お互いの状況をまずは知ることから、分かり合えることから、ともに労働環境を変えることができ、女性が働きやすい職場をつくることができる、それがひいては男性にとっても働きやすい職場になるのだと言えます。そのような趣旨ではじまったもので、今年で15回目にもなりました。
 はじめに、各職場での実態や闘いが報告されました。その後、職場報告を受けて、中野麻美弁護士からの提起・講演がありました。テーマは、「立ち上がれ、女性労働者ーいきいき働き続けるためにー」です。
               東日本被災地での課題は、社会の矛盾が凝縮されたもの
 日本における相対的な貧困率は、16%。アメリカについでの低さ。「貧困の問題は深刻で、それは子どもたちへ、貧困の連鎖として現れてきている。これは子どもの責任ではなく、ひとり親家庭や共働きの親が低所得にあること。犠牲になっていく子どもたちのことを考えると胸が痛む。根本的に変えていかないと、将来、子どもたちが幸せに生きられない国になってしまう」また「東日本の大震災は、貧困と差別をもたらす社会の脆弱性を襲ったもの。社会の矛盾が凝縮されており、それが露に、大きくなっていく。この矛盾を根本的に変えていくことをしなければならない。復興と言うが、あくまでも人間性を取り戻す”復興”でなければならない。キーワードは、人を元気にすること」等など、私たちが置かれている地域社会・労働現場での問題を大震災の被災地での問題と絡めながら話していただけました。
 中野麻美さんの迫力ある、説得力のある話に、時間の過ぎるのも忘れるぐらいでした。やはりオルガナイザーですね。会場いっぱいの参加者は元気をもらえたようでした。

    

13:22
民主主義の集会「9.19さようなら原発全国集会」に参加しました

 


  18日の夜、夜行バスに乗って神戸を出発しました。19日の「さようなら原発全国集会」に参加をするためです。16年前の阪神淡路大震災の折、生活基盤を失った被災者は立ち上がりたくても立ち上がる術がない・・・そこで、国への援助を求め「公的援助法」実現の運動に取り組みました。何度も何度も国会へ被災者自ら足を運び、国へ訴えました。私もいっしょに行ったことを思い出しました。その久しぶりの夜行バスです。
 会場の明治公園には、足の踏み場もないぐらいの参加者。主催者発表では何と6万人。このような集会の経験はいまだかつてありません。その上に、集まった人々は「脱原発」の思いを同じくしている人ばかりです。連帯感があります。集会では、呼びかけ人の鎌田慧さん、大江健三郎さん、内橋克人さん、落合恵子さん、澤地久枝さん、そして俳優の山本太郎さんらの力強いアピールに続き、福島県から避難されている方、福島県から来られた方のアピールがありました。
 そのあと、3つのコースに分かれてのデモ行進。公園の外に出るまでにも相当の時間がかかってしまいました。新宿まで1時間ほど歩きながら沿道の東京都民に訴えました。
 集会と言いデモ行進と言い、何だか希望の持てる、元気をもらえるものになりました。帰りは新幹線。疲れ果てていましたが、参加して良かったという満足感が残りました。

      

      




23:37
『第25回神戸ワーカーズユニオン定期大会』に今年も出席しました

 パートやアルバイト、派遣社員や契約社員などの非正規労働者が、この間、増えてきました。阪神淡路大震災の折には、手紙1枚で電話1本で簡単に多くの非正規労働者が解雇されました。東日本大震災でも同様のことが起きています。会社や企業の勝手な都合で、正社員を非正規労働者に変えてきた結果、今や職場の半分以上を占めるようになっています。低賃金・不安定雇用で働く非正規労働者の増加は、更に就学援助を受けながら学ぶ子ども、無保険の子どもの増加を生み出してしまいました。まさに貧困の連鎖です。
 また、最近の労働相談では、住まいや生活資金、生活保護などの相談が増えてきていること、悪化する社会情勢の表れとでも言うのでしょうか、職場でのいじめ、パワハラ・セクハラ等の相談も増えてきています。今ほどに「労働者のセーフティネット」としての労働組合、ユニオンの存在が求められているときはありません。
      「気にかけよう つながろう 友だちになろう 労働組合の原点に戻る」
  当日、全国のユニオンから来賓の出席やメッセージが寄せられ、『神戸ワーカーズユニオン』のたくさんの組合員の参加のもと、開催されました。5月〜6月にかけて被災地を訪問し、被災地で取り組まれた労働相談がDVDで報告されました.その後、昨年度の総括、会計報告、さらに今年度の方針が出され大会を無事に終えることができました。
 私は、今大会で、3年間担ってきた委員長を降り、あらたに西委員長が引き継ぎました。組合員拡大をはじめ、財政の安定化、生活相談プロジェクトの立ち上げ、支部作りと課題は山積です。これからも執行委員としてユニオン議員として頑張っていきたいと思っています。
             
               みんなは一人のために 一人はみんなのために

 
14:38
「一刻も早く被災地に入りたい・・・」行ってきました!
  
 「一刻も早く被災地に入りたい・・・」黒崎神戸地区労事務局長の手配でようやく実現できたのは大震災から2か月後でした。
 5月18日の夜、活動支援カンパ金と被災地メーデーの激励“花”メッセージを持ち、地区労・ユニオン・メーデー実行委員のメンバーらと神戸を出発し、福島県の小名浜、宮城県の仙台、石巻、そして山形県の米沢に入りました。被災地の現状の把握、被災地で活動する労働組合への激励、被災地の労働相談の現状把握と阪神淡路大震災での経験交流などが主な目的でした。

壊滅的な打撃を受けた被災地

 この間、画像を通じて見てきた被災地を目の当たりにしました。広大な田畑に散乱する船やトラック、乗用車。家の土台だけ残る消えた町並み。道の両側に掃き寄せられたがれきの山。魚の異臭が鼻につく漁港の町。土葬なのだろうか花が手向けられた墓。塩害で枯れた樹木。あらためて津波の怖さ、その破壊力の凄まじさを思い知らされました。家族を住まいを職場を仕事を、生きてきた“証”を根こそぎ奪い取られてしまった人々の絶望感を思うと・・・、ただただ涙が溢れ出て止まりませんでした。

災害が起きるとそのしわ寄せは労働者に・・・


 被災地では、広範囲に産業基盤が失われ、約14〜20万人の雇用が失われた可能性が高いと言われています。被災地外への波及的影響も含めるとさらなる雇用への打撃は避けることができないのではないかとも・・・。

そのような中、最初に訪ねたのは、福島県の東南端、小名浜港傍にある小名浜地区労です。液状化現象で建物周辺もエプロンも陥没しており、ガントリークレーンは塩水に浸かり使えなくなっていました。
 取り組んだホットラインでは、休業補償もなく自宅待機を強いられ、解雇予告もなく当たり前のように解雇されたという相談や原発20km圏内にある会社で、立ち入れないことを理由に即解雇されたという相談などが寄せられていました。
 次に訪ねたのは、仙台市にある宮城合同労組。「大震災は不可抗力だから休業手当は支払わない」「解雇予告解雇制限除外認定を受けているから解雇予告手当は支払わない」という会社と今、団体交渉を繰り返しています。実はこの会社「全員解雇・事業継続不可能」という虚偽申請をしていたのです。にもかかわらず、労働基準監督署は、その除外認定を取り下げようともしていないそうです。

16年前の阪神淡路大震災で会社や企業と団体交渉を重ね、解雇撤回や休業補償、雇用保険の遡及加入に取り組んだ『被災労働者ユニオン』の経験がこのたびの大震災で多少でも生かされることを願いました。 

阪神淡路大震災での教訓をつないでいこう!

移動途中の車中から、芦屋市、加東市、兵庫県警などの車両を見かけました。石巻市の湊小学校の避難所で、神戸から来たというボランティアグループ「チーム神戸」のメンバーに出会えましたた。様々な人が様々な形で支援に入っています。しかし、やがて彼らは去っていきます。それを待たずして、被災地では、格差が格差を呼び、問題はより深刻化複雑化してくるでしょう。そして、強い者が生き残り弱い立場の者が切り捨てられていく・・・16年前の阪神淡路大震災がそうだったように、災害は社会の矛盾を瞬時に露わにします。

しかし、諦めてはなりません。阪神淡路大震災での教訓を生かさなければなりません。地区労やユニオンは、今後の被災地での労働相談活動への支援を『ユニオン全国ネットワーク』で長期的に取り組みたいと考えています。あの大震災を経験した私たちだからこそ、東日本被災地支援のために今、つなげ拡げていく努力をしなければならないのではないでしょうか。その課題は山積しています。

   

 

 

 

 

 

 

20:05
「たて・よこのコミュニケーション」第16回被災地メーデー

 
 5月1日、労働者の祭典、メーデーが開催されました。午前中の大倉山の連合系メーデーに激励の挨拶に寄った後、午後からは、恒例の被災地メーデーへ。昨年と同様、長田区の若松公園、鉄人28号の横の公園です。震災後の第1回目の被災地メーデーを開催した場所です。
 天気予報では、70%〜80%の降水確率で、事前の雨対策の上での当日でした。朝から曇り空、時おりぱらぱら、一度だけザーッっと大降りがあった後は、何とか最後まで保つことが出来ました。とりあえずホッとしました。
 今回のテーマは、「たて・よこのコミュニケーション」というテーマ。地域や職場で、人間関係が疎遠になる中で、もう一度失った物を取り戻そう!と呼びかけるものでした。さらにあの未曾有の東日本大震災。16年前に阪神淡路大震災をきっかけにはじまった被災地メーデー。震災に震災を重ね・・・、出演者も参加者も私たちもいつも以上に力の入ったメーデーとなりました。
 第1部の連帯の広場では、玉川侑香さんの朗読「六年目のマディソン郡の橋」「帰り道]iいつもながらこみ上げるものがありました。その後の黙祷。そして、主催者を代表しての青木神戸地区労議長の挨拶につづき、朝鮮高級高校のオモニ会会長の切実な訴え、さらに地元代表の方の心のこもった連帯挨拶が続きました。
 そして、今、企業解散・全員解雇と闘う関西ソフラン化工のメンバーによる小劇。「お父ちゃんがんばれ〜」子どもも出演する家族ぐるみの劇でした。さらに、ろっこ医療生協やコトハナのメンバーによる東日本大地震被災地の報告。医療生協の現地での活動やシンサイミライノハナ、心の花を咲かせるコトハナのメンバーからの活動などの報告がなされました。
 第2部は、歌あり演奏あり・・・締めくくりは、旭堂南陵さんのなかなか本題までこぎつけない長〜い講談でした。
 その間、終始、屋台村やござの観客席では にぎやかなやり取り、交流が行なわれていました。本当に雨でなくって良かったと思います。
  

  

16:51
第16回被災地メーデーが開かれます
 「被災地メーデー」は震災の翌年、1996年5月1日に、長田区若松公園で誕生しました。
 震災を理由に解雇された労働者の多くはパートなど非正規で働く人々でしたが、『被災労働者ユニオン』が結成され、解雇撤回の交渉をするなど、非正規労働者の支えとなりました。
 震災の中で、私たちは 、支えあうこと、助け合うことの大切さを学びました。そして、被災地で働く者が同じく被害を受けた地域・市民と連帯・交流していくことをめざして、「被災地メーデー」をスタートさせたのです。
 震災から16年、残念ながら社会は絆を紡ぎ、希望に向かっているとは言えません。そこで、今年のテーマを「たて・よこのコミュニケーション」としました。「たて」は、世代、親子、先輩後輩、過去・現在・未来を結ぶもの。「よこ」は、職場、仲間、地域、インターネット・・・。不安視されている年金制度は、たて、世代間連帯の問題です。
 「無縁社会」が言われるように、「たて・よこのコミュニケーション」が今、私たちに問われています。
 そして、3月11日の東日本大震災です。これまで経験したこともない未曾有の被害は、多くの命を奪い、原発事故も重なって、1ヶ月以上たった今なお、復興の道筋すら見えない状況です。ここでも被災地とのコミュニケーションが問われているのだと思います。
 阪神淡路大震災を経験した神戸から、被災地への応援メセージを発信していきたいと考えています。(『被災地メーデー実行委員会』アピールより)
どなたでもご参加ください!『第16回被災地メーデー』
 私も、第1回から「被災地メーデー」に取り組んできました。思い入れの強い取り組みです。非正規の労働者や小さな会社・企業の労働者、地域の方々と一緒に集う「場」です。5月1日、どなたでもご参加ください。「つながろう!被災地神戸から東日本に・・・」。
      ●日時 5月1日(日)11:00〜15:30
      ●場所 若松公園グラウンド(鉄人28号西側)


 


                      


       
00:03
正社員も非正規も、最大のセーフティネットは労働組合です

 私は、震災後の統一地方選挙で落選しその後、お世話していただき、「化学関連労働組合協議会」のパート事務員の仕事に携わった時期があります。その傘下組合の一つが「関西ソフラン化工」です。関西ソフラン化工は、稲美町が雇用拡大施策として誘致施設第1号として設立された会社です。私も2〜3度、訪ねたことがありますが、保冷庫や建築資材、木型に使われる硬貨ウレタンフォームを製造・加工しています。親会社は東洋ゴム工業であり、関西ソフランの土地も原材料も販売も一手に東洋ゴムが握っています。70年代には東洋ゴムによる”組合つぶし”もあったそうですが、「会社の解散等は組合と合意の上で行う」という『雇用保障協定』を結び、40年を超える労使関係を築いてきたのです。
               最大のセーフティネットは「労働組合」団結して!
 ところが、この8月末に突然、「12月で会社を解散する」といってきました。そして11月25日に、会社から「『雇用保障協定』解約の通知」が内容証明で郵送され、これによって90日後には、組合の同意なしに会社を解散することが可能になりました。
 長年築いてきた労使関係を踏みにじり、一方的に『雇用保障協定』を解約することは許されないことです。しかも、「倒産」ではなく「解散」・・・これは、会社役員(東洋ゴム出向)は誰一人として職を失う心配はなく、従業員だけがこの冷え切った雇用情勢の中に放り出されることなのです。
 そんな中、今日、「化学関連労働組合協議会」主催の「団結もちつき大会」が関西ソフラン化工の工場内で開かれました。私も、お世話になりつつ何のお返しもできぬまま・・・という思いもあり、激励にかけつけました。朝から曇り空で、時おり陽が射すこともありましたが、12月らしい気候の中で行われました。とにかく”暖”がほしい・・・用意していただいていたおでんや塩鍋、つきたてのおもち、芯から暖まりました。先行きが不安だろうに、若い従業員の家族の方たちの温かいおもてなしに触れることができました。
 これから先どのような闘いが展開されることになるか分かりません。正規社員も非正規労働者も、最大のセーフティネットは、労働組合だと私は思っています。団結して頑張っていただきたい!私も精いっぱい支援していきたいと思います。
    

 

  

 

13:51
『コミュニティ・ユニオン全国交流集会』に参加しました
 ユニオン・・・パート・アルバイト・派遣社員・契約社員などの非正規労働者が入れる労働組合、一人でも誰でも入れる労働組合で、全国のユニオンが一堂に会しての年1回の交流集会が鹿児島で開催されました。『コミュニティ・ユニオン全国交流集会』です。私もとんぼ返りになりましたが参加しました。
                    沖縄の問題は私たちの問題
 今回の記念講演会は琉球新報の松元剛さんのお話でした。65年前、唯一地上戦が闘われた沖縄は、戦後一度”捨て石”となり、今再び捨てられようとしています。沖縄は未だ戦後が終わっていない、未だ平和を取り戻していない・・・、普天間の問題は沖縄だけの問題ではない、そんな思いで、私は、この間、普天間問題に沖縄問題に関心を寄せてきました。(沖縄国際大学に落ちたヘリコプターの惨状が映し出されていた)DVDも交えた松元剛さんのお話は「普天間問題を日本全体の問題として捉えてほしい」というメッセージだったように思います。この間の沖縄での地方選や首長選は、米軍基地撤去派の候補者がことごとく勝利しています。11月28日投票の沖縄県知事選挙の結果次第で、政治が大きく”変わる”のではとは思いました。とてもタイムリーな講演でした。
 夜の全国のユニオンの懇親会にも参加しました。いつもながらものすごい速さで料理がなくなりました。私も頑張りました!その後の温泉も岩風呂にゆったり・・・お肌ツルッツルッになりました。
                  まずはつながろう!ホームレス問題
 二日目の分科会は「地域のネットワークをひろげよう」に参加しました。「孤独死、孤立死を防ぐための第一歩!まずはつながろう」の”つながろう”が目に留まったからです。それだけの理由で分科会を選んだのですが、私たちにとって今、それが一番失われていること、それを一番取り戻したいこと、そんな思いが私にはありました。分科会の多くを占めていたのは『ホームレスを支えあう会』のメンバーでした。ホームレス生活者の生活保護開始への支援、それまでの待機期間のためのシェルター設置(無償で住宅を提供してくれた奇特な方がおられたそうです)、そして就労支援・・・「走りながら仲間と考えるしかない」と取り組んできた活動報告でした。ちなみに、鹿児島では、公園を住所に生活保護申請が可能だとして,悪名高い「闇の北九州方式」とは違い「光の鹿児島方式」と評価されているそうです。また、参加者の中には、現在失業中の方もおられ、国の進める「緊急雇用対策事業」で仕事をしていたが、半年などの有期で「その間に求職活動しなさい」と言われるけど、そんな時間などない、しかも仕事内容は単なるつなぎ、補助的な仕事という報告でした。確かに国や自治体は雇用者数を公表し、進捗状況を示しますが、中味はこんなお粗末さです。これでは本当の雇用対策事業とはいえません。「それでも仕事がないよりはましだろう・・・」そんな声が聞こえてくるようです。 神戸のユニオンー『神戸ワーカーズユニオン』でも「生活相談プロジェクト」の立ち上げを準備しています。いろいろな情報も仕入れ、終了後、そのまま鹿児島空港へ。何ともはや忙しい旅でした。(フーッ)



 
20:04
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